父子家庭で娘、それ私だ

【不登校伝記(2年2学期):3章】理解ある担任は本当に助かる

2020.03.01

[最終更新日]2020/03/07

2学期は「3学期に向けての布石」として使い切ろう。それは夏休みの時点で思っていました。

だがしかし、周囲は「復帰は急げ」という意見が圧倒的多数。

自分の決めた事を変えるつもりは無いものの、周囲の理解が全く得られないのも参ったなぁと思っていたが、そうでもなかった。

担任の理解があって本当に助かった

本当に助かったのは「担任の理解を得られた」という事でした。

僕は学校側から「それ、駄目です」と言われたら普通にこう答えます。

何で?どうすればOKになる?

ベンチャー時代に散々叩き込まれた事。「駄目で引くな。駄目を解決したら目的地だ。」これが下地にあります。

なので基本的には障害があるなら取り除いて目的地へ向かうタイプです。日本人は「障害があるから止めよう」が余りに多い。あれは止めた方がいい。手間を厭わなければ9割は何とでもなる事ばかりです。

意見書は何ともならなかったけど(汗。

快く思わない人も当然出て来る

1学期の保健室登校、フリースクール併用など、自分で考えた事をドンドン提案して実行してきた僕ですが、学校側からすれば「負担が減って助かる」という人と「何を勝手にやっとるねん」という人が出てきます。

その批判の矢面に立つのは「担任」です。僕は組織の外側にいるので大して向かい風は吹きません。でも組織の中にいる担任は違う。「お前、クラス担任やろ」と批判の矢面に立たされるリスクがあります。

その点だけが心配なので1学期早々に担任に謝罪を入れていた僕ですが、理解ある担任で本当に助かりました。感謝しかありません。

自分はそういうの気にしませんから

この一言で僕は救われたと言っていい。

そして、更に心強い言葉をくれました。

「いつでも戻れるクラス」は任せてください

娘の成長は親の僕が、娘が戻る場所は担任の先生が。

明確な役割分担ができたのは本当に有難い事です。自分の役割に集中できます。

この瞬間、僕の中から「後からクラスに戻れるか?馴染めるのか?」という心配は消えました。この先生は信用できる。

僕は1年時も2年時も担任に恵まれたと思います。担任の理解が無ければこうもフットワークを軽くできなかった。きっと見えない所で批判を受け止めてくれていたのだと思う。

廊下ですれ違う教員の中には明らかに「部外者が!」という空気を向けてくる人もいた。何と女性に多かった。スクールカウンセラーの人に向けられる感情はこれに近いものかなとふと思った。身内意識、縄張り意識ががとても強い人もいるんだなと。

若い女性教員なんか明後日の方向を向きつつ「ざま~す」と適当に挨拶をしてくれる。今どきの子は目を合わせて挨拶しないのか。いや、挨拶してもらえるだけまだマシか。

なるほど、勉強になる

正直、経験できて良かったと思う。子供たちが過ごしている場所はこういう場所なのか。

あと、保護者同士の「素通り」が凄まじくて正直ショックを受けた。これが子供達が「学校で見ている風景」なのか。フリースクールAだけじゃなかった。。。

>>【不登校伝記(2年2学期):4章】へ

関連記事