父子家庭で娘、それ私だ

【FS伝記(B校):5章】僕を止めていたもの

[最終更新日]2020/03/04

「娘の問題を解決するには次のステップに進む必要がある」という事。それは決して間違っていないと思います。ステップアップは大事です。

ただ、そこに「次の上位プランを申し込む必要がある」がセットになると途端に違和感を感じます。商売としては至極全うですが、こういった療育には最も相性が悪い組み合わせだと僕は思う。

断れなさそうな空気に直感が反応する

またこのパターンか。。。

この営業系の話が出た時点で「引くなら今か」と直感が反応しました。その時点で在籍校への復帰が順調だった事もあり、元々年内一杯で区切りを入れようと思っていたので決断は早かったです。少しタイミングは早いけれど、夏休みに入るしそれはそれでいいかなと。

できれば笑顔で「お世話になりましたー!」と締めたかったんだけどなぁ。。。

僕を引き留めたもの

娘にとっては最高の環境だったスクールB。ただ、全てにおいてパーエフェクトだった訳ではありません。勿論、全てがパーフェクトなんて無茶な話だと思いますが、僕には「ここだけは譲れない」というジョーカーポイントがあります。そこに引っかかってしまったのです。

指示が細かすぎる

親への対応がきめ細かいのは素晴らしい事です。ですが、それが細かすぎると「マリオネット」にしかなりません。親が自分で考え、行動し、失敗し、また考えるという基本動作ができなくなると「どうしたらいいですか?」と常に答えを求める悪循環に陥ります。そして「指示通りに動けば間違いない」と親自身の成長が止まります。親が専門家と子供の間で「おつかい状態」になってしまうのです。

実際、僕にはそう見える保護者が多かった。困り果てている人には細かい指示は「道標」となりますが「劣化コピー」が生まれるだけで、問題解決能力とその経験が親の中で育ちません。親の自立を阻んでしまうのです。

僕はそっち側には行きたくなかったのです。自分の意志で選択・決断し、責任も自分で取りたい。

そこまでは求めていない

子供を掌で管理しているきらいがあった

これは僕がここに参加し始めてから少しずつ変わっていった部分だと思います。元々療育における豊富な経験と知識、そして実績を持つスクールBは「科学的」「学問的」な色合いを強めていきました。それは決して間違いではありません。1つの正解だと僕も思う。

ただ、娘にそれは必要無いと僕は判断していました。娘に必要なものはその対極にあるもの。「非科学的」「非学問的」な領域のアプローチ、女性的な感覚的アプローチだと僕は考えていました。

スクールBは最初は娘の事を知る為に女性的な感覚アプローチで様子見をし、ある程度娘の状況を把握した時点で「科学的」「学問的」なアプローチを組み込んでいったのだと思います。見事なアプローチです。

ただ、それは言葉や振る舞い1つ1つに大人側の思惑が隠されるという事でもあります。子供がお釈迦様の掌で飛び回る孫悟空になるという事です。それが遊びを通して成長するという事だとするなら・・・・僕はそれを求めない。もっと大人も丸裸になって子供と向き合う、触れ合う。その中で子供が友達や大人を通して成長するという実に泥臭いものを求めていたのです。

それが皮肉にも初めの「様子見」の時に色濃く出ていました。

つまり、スクールBが目指すスタイルと僕が求めているスタイルが噛み合わなくなっていったという事。そして、その空気は結構前から何となしに感じていたという事。

やっぱりこうなるか

嫌な予感が的中したなぁ。。。という感じでした。凸と凹が合わなくなってしまった、相性の問題です。

>>次は「感謝しつつも撤退

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