父子家庭で娘、それ私だ

違和感と不信感

[最終更新日]2020/02/16

このまま続けば良かったが。。。

週2回にペースを上げて、娘の成長速度がドンドン上がっていたこの時期。僕としては順調に娘が成長しており、僕が考えていた「今、娘に欠けているもの」がドンドン補完されていくのを実感していた。

在籍校へのクラス復帰も順調に進んでおり、今のまま成長が定着すればいいなと思っていたところ。。。。少しずつ不協和音が流れ出した。

娘にではなく、大人の間にである。

歯車がかみ合わなくなってきた

実はこれ、最初の時点で少しだけ感じていた事だった。嫌な予感が具現化した形。こうした皮膚的な直観は大抵が当たるから正直辛い。後で「やっぱりこうなるか」となるばかりだ。

何で噛み合わなくなったかというと「娘の療育プラン」に関しての認識の差である。

スクールB側とのすれ違い

このフリースクールは「子の療育」+「親の指導」が特色としてある学校で、我が家が入った時点では「子の療育」という基礎プランに対してオプションプランという形で「個別指導(子)」と「教育相談(親)」「教育指導(親)」という別コースが用意されていた。

僕は任意で選べる選択性が魅力的だと受け止めていたが、僕以外の保護者は基本的に「フルプラン」で選んでいた様だったのだ。「皆、えらい熱心だなぁ」と感じたのを覚えている。月額固定費でいうなら僕より+2万くらい掛かっていたと思う。それだけ皆必死だったのだろう。

娘の揺り戻しがきっかけに

実は娘は一度「揺り戻し」を起こしている。クラス復帰をした際、僕が出した「半分別室、半分教室」の段階案に対して娘は「全部いける!」といきなり復帰をした。心配はあったがここでブレーキを掛けるのもどうかと思い様子を見たところ、やはり息切れを起こしたのだ。

この事をスクールBに報告したところ、そりゃもう怒られた。まだ早いと。それは僕も同感だったのでそうだよなぁと思っていたところ。。。。

「なるべく早い段階でお父さんにも教育指導に進んでもらいたい」

この様な提案が来た。

そしてその時に僕が感じた素直な気持ち。

「やっぱり来たか」

予期していたことがやってきた。そんな印象だったのだ。

不要な物を買う事はできない

僕はスクールBには「娘の療育」を求めてやってきた。僕自身は別に子育てに迷いを感じている訳ではない。現状、既に満足してしまっているのだ。もう十分だと。

そこに「お父さん向けのプランも選んでもらいたい」と言われると、(善意の)営業を受けている気分になったのだ。元々「教育相談」か「教育指導」のどちらかを選択しないといけないと言われていたので報告会の様な「教育相談」を受けてはいたが、個人的にはそれすら不要だった。でもお世話になっているので寄付感覚で受けていた。

僕は親として娘への関わり方に不安を抱いている訳では無かったのだ。娘がこうなったのは「僕の伝え忘れ」があったからであり、それが何かはもうわかっている。既に検証済みだ。

選択性が魅力的だと思っていたが、実質的には段階的なステップアップが前提なのか。なら先輩保護者が皆フルプランなのも頷ける。

だがしかし、僕には不要なのだ。

問題解決を人質にされている感覚になった

受け止め方にもよるのだろうが、僕にはこう感じられてしまった。

「次のプランに進まないと娘さんの問題は何も解決しません」

自分が営業職もコンサルタントも経験していたから余計に感じたのだと思う。導線がどうしても目についてしまうのだ。自分の手に負えない問題を抱えている人に突き刺さる言葉。それが今まさに僕に投げかけられている。

これは他のママへの殺し文句になるだろうなぁ。。。

自分に対して言われているのに、他人事の様に流れを冷静に分析してしまう自分がそこに居た。

  • 単に自分のプライドか?
  • 認めたくないだけなのか?

この違和感については結構考えた。何せ子供は楽しんでいるのだ。

>>次は「僕を止めていたもの

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