父子家庭で娘、それ私だ

僕はどうして乗り越えられたのか

2020.01.05

[最終更新日]2020/01/05

保護者会に参加してみて感じた事、今現在も答えを模索している保護者の方を前にして僕は自分を振り返ってみた。

「自分はどうやってここまで辿り着けたんだろうか」と。

振り返れば色々あったなと思うのでここに残しておきたい。誰かの役に立ってくれたら幸いだ。

僕が乗り越えられた理由

色々振り返ってみるとやっぱりその時々で色んな助けがあったし、色々と割り切った事も大きかったと思う。それに気付けたのは娘が落ち着いてからだった。

1.現実を受け入れた

「我が子がそうなった」という事。それを受け入れた事がターニングポイントになったと思う。これができずに悪循環に陥っている親子が本当に多い。

認めたくない、認められない親は多いが、僕らは「とっくの昔」に境界線を越えているのだ。

2.行動に躊躇しない

「娘が不登校になった」と判断した時点で、早々に学校から切り離す、フリースクールを探すなど、「再登校」を切り捨てて行動に出た。そういった躊躇しない行動は結果的に良い出会いを沢山娘に与えてくれた。

探し当てたフリースクールでの行動も躊躇しなかった。「違う」と感じたら即撤退。直感を大切にして行動した。

3.教育から療育へ切り替えた

僕の場合「娘には療育が必要」と判断をした。そして療育を提供してくれる場所を探し続けた。「学校へ戻る」よりも「今、娘に足りていないものは何か?」「僕が娘に教えていなかったことは何か?」といった人間としての自立・成長に必要なものを探した。これが結果的に良かった。

ただ、この点に関してはびっくりするくらい学校や校医の協力を得られなかった。「ややこしい事に巻き込まんといて」みたいな感じ。

しかし、意外な事に役所はとても協力的だった。これには本当に驚いた。

4.ヒントをくれる友達に恵まれた

シングルのママ友が多くの助言と助けをくれた。

  • フリースクールAの情報をくれた
  • 娘をお泊り会に招いてくれた
  • 僕を励ましてくれた

父子共に多くの仲間に支えてもらった。自分一人では潰れていたと思う。実家の理解が得られない状況は結構キツイのだ。孤独感が結構強まる。そんな時に仲間の存在は心強かった。閉塞感が和らぐのだ。

5.仕事を減らした

収入的には痛いが、娘が渋りだしたのは僕が仕事を詰め込みだした時と一致していた。だから仕事を減らし、娘と一緒に過ごす時間を増やした。同時に娘に足りていないと感じていたものを二人の時間を使って補う様に工夫していった。

人任せにせず、自分で向き合った事が娘の成長に直結したと思う。

6.ひたすらのトライ&エラー

結局はこれだったと思う。娘の不登校は娘の中に「まだ準備中」の何かがあったという事。まだ準備不足の中で娘は頑張っていたのだ。だから、その「準備中」だったものをしっかり「準備完了」とする事にだけ集中をした。「再登校」はその結果に過ぎない。

娘は「準備中」だったものが整うにつれてドンドン成長していった。「再登校はいつ?」「クラス復帰はいつ?」と形を急かす意見も多かったが、それは全てブロックした。準備が整えば自然とそうなると信じたからである。

信じて良かった。

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