子は親の鏡
[最終更新日]2019/12/26
ざっくり言うと
- 子は親の鏡。
- 大人の屁理屈は完全スルー
- 大人の日常から子は学ぶ。
子供の学びは「百聞は一見にしかず」
これは子育てをして本当に勉強になりました。確信しています。
「方針2:「言葉」ではなく「行動」で示す。」 で書いている内容と被るのですが、僕はこれが「究極の家庭教育」だと思っています。
子供は本当に大人を良く見ています。
でも多くの大人はそれに全く気付いていません。
そしてその影響力は「血が濃い程に強くなる」と思っています。
つまりは「父親」と「母親」の影響力が極めて大きい。
それも「言葉」ではなく「行動」における影響力です。
「遺伝」ではなく「生活習慣」が子の道標となる。
良く、テレビなどではDNAや遺伝子の話を子の成長や性格にあてはめようとします。
- 医者の子供はやはり医者を目指す
- 太っている家庭の子は太っている
- スポーツマンの両親の子はスポーツ万能
等です。
僕はこれらは「遺伝子・DNA」のお話ではなく「生活習慣・環境」から作り上げられたものだと思います。
つまり「日常生活の当たり前」が何か?という話です。
医者の両親を持つ子供は当然両親から医者になる事を当たり前の様に望まれ、それに準じた教育を当たり前の様に受けます。
それが「日常であり当たり前」なので、当たり前の様に子供は「医者になりたいです」と答えます。
これは遺伝子やDNAの所作ではありません。意識の刷り込みです。
太りやすい遺伝子等の話がテレビでは良くされますが、両親が太っている場合は当然ながら「太る食生活」を送っている訳です。
でも、子供にしたらそれが「太る食生活」とは思いません。
それが「当たり前・日常」なのです。
だから結果的に太るだけです。遺伝でも何でもなく、「食べ過ぎが当たり前・日常」となっているだけなのです。
それと同じで、スポーツマンの両親を持つ家庭では他の家庭より明らかに「運動習慣」が多いです。
だから小さい時から身体をしっかり使い、運動能力が他の友達より秀でてくるだけの話です。
子供の道標は全て「日常生活」にあります。
そして子供の日常生活を形作るのは「両親」です。
子供にとっては「両親の日常生活」が「日常」のスタンダードになるのです。
だから、僕達親はどんな時だって油断できません。
襟元正して、大人の手本として恥ずかしくない日常の振る舞いをしなくてはいけません。
その一挙手一投足が子供の目を通して教育となっているのですから。
会社でキリリ、帰宅後ダラ~ンは通用しない。
父親に多いのは「会社ではテキパキ」しつつも「帰宅後はダラ~ン」と緩みきってしまう事だと思います。
「粗大ゴミ」とまで揶揄される父親像です。
これは「教育上余り良くない」と僕は思っています。
とにかく「かっこ悪い」。
子供の世界は「給料を持って帰る事の偉大さ」とか「養ってくれている事の偉大さ」とか大人の理屈は通用しません。
「かっこいい」か「かっこ悪いか」の二つに一つだと思います。
テキパキ家事をやるお母さん。家でダラ~ンとしているお父さん。これでは父権なんて失墜するのが当然です。※そもそも子を養うなんて、養育者の義務でしかない。
背中で語る教育こそが父親の醍醐味
子供は好きな大人の真似をしたがるものです。
ならば子供が憧れる父親になれば良い。子供が憧れる父親になり、その振る舞いの中で自分が大切にしてもらいたいものを組み込めば最高の教育です。
- 大きな声で挨拶をする
- 感謝の気持ちを言葉にする
- お年寄りに優しくする
- お友達に優しくする
- 独り占めしない
- 生き物を大切にする
- 信号を守る
- ルールを守る。
なんて事はない、自分が子供の前で実践すれば良いだけです。
特別な事は何も無い。ただ「当たり前の日常」を子供と一緒に過ごすだけ。
これを「言葉」であれしなさい・これしなさいと伝えても無駄です。
「そうしていない姿」を何処かで見られたら終わりです。そこは子供は正直でシビアな生き物です。
「大人は嘘つきだ」と思えば子供もまた平気で嘘をつくようになります。
これは「お菓子の約束」1つでもそうです。「お迎えの時間」1つでもそうです。子供には大人の事情は関係ありません。
「約束履行」の是非だけを素直に見ます。
だから、僕達大人は「どうせ覚えてないだろう」と簡単に子供をなだめる為に約束をすべきではありません。
何があろうと絶対に守る覚悟を持って、約束をすべきです。僅か2歳~3歳の娘であっても。
親の頑張りは「言葉」ではなく「子の成長」が示してくれる。
子育てにおける頑張りを誰も褒めてくれない、と育児疲れを見せるママが多いみたいです。
周りのママも似た様な事を呟いていました。
でも、誰も評価してくれなくても物凄い大きなリターンがあります。
- 子供が自分に一番なついてくれる。
- 子供の成長が自分の頑張りを見せてくれる。
これだけで僕は十分です。
他には何もいりません。
「子供の成長」は別に身長がどうとか体重がどうとか、虫歯が無いとかそういうものではないです。
友達に優しくしてくれるとか、親に優しくしてくれるとか、小さな小さな「人間性」の成長です。
これが子育てにおける最高の御褒美だと思います。
逆に、思わず叱りたくなるような何かをした時、「自分がそういう姿を見せてしまっていたか」と反省させてもくれます。
育児とは良くできたものだと本当に思います。
「育児は育自」とは言い得て妙ですが、自分を見つめなおす事によって自分を育ててくれるイベントだと思います。
想定外:信号無視の人に、娘が大声で「渡ったらアカン!」と叫ぶ
これは完全に想定外でした。
今、我が家はどんな小さな信号でも信号無視はしません。
昔は娘と居る時だけ信号無視をせず、1人の時は小さな信号などはたまにしたりしていました。
でも、癖って怖いもので「うっかり」が出てしまいます。
それを自覚してから一切信号無視はしなくなりました。
娘にとってはそれが「当たり前」になったのは良いのですが、逆に「信号無視する人」を素直に「アカン」と大声で言います。
素直な子供ならではの行動です。
確かにアカンのですが、非常に対応が難しい。
相手の人に聞こえない様に「少し早く行き過ぎてるね~」と「アカン事をしてるね」と認識してくれる様な言い方をしています。