父子家庭で娘、それ私だ

子育て中に出合った言葉

[最終更新日]2016/12/24

1.僕自身の結論

  • 「人間」としてのあり方の本質は、学校で育てられるよりも、家庭の親子関係のなかで育まれる要素の方が、決定的に大きく豊かだと思う。

なるほどと納得した言葉。

「母性」とは子供をありのままに認めてあげる力。

「父性」とは規律や規範、約束や責任を子供に教える力。いわゆる社会性を身につけさせること。

子育てにおいて、二つの相反する役割が存在するのは納得でした。

ただ異なる二つの役割を「母性」「父性」という言葉で表すから、「母親の役割」「父親の役割」という意味で定着してしまった様な気がします。

僕にとってはある意味、諸悪の根源的な言葉です。

 

子供の健全な育ちには、この母性と父性を与える順序と量のバランスがとても重要で、まず母性が十分に与えられてからでないと父性的なものは子供には伝わっていきません。

その通りだと思います。

子供はまず「全面的に受け入れられる」という事で安心感と信頼関係を親と結ぶ。

そこで初めて自分で自分を認める事ができるのではないかと思います。

自分で自分を認められる子は、相対的な価値ではなく自分の中に「ブレない軸・価値」を持つことができるのではないでしょうか。

社会的な規律はその後で十分だと僕は思います。

 

子供がいくつになってもまず「保護者」であり、 次に「教育者」である事。

子供に何があっても、必ず戻れる場所であれという事だと認識しています。

僕が再婚を希望しない理由の一つは、娘にとっての唯一の帰れる場所でありたいからです。

 

「発達には基準があり、飛び級はない。見せかけの前進はあっても、必ず後戻りする」

エリク・H・エリクソン

この「見せかけの前進はあっても」という部分に衝撃を受けました。

なんでも「早くできるに越したことは無い」と早期教育に熱心ですが、僕にはまさに順序を無視した「見せかけの前進」にしか見えなかったからです。

 

親は子の「将来」を考える。祖父母は孫の「今」を考える。

全国の家庭で起こっている祖父母との喧嘩は正にこれが原因だと思います。

同じ人間を見ているはずなのに、「見ているものが違う」のです。

僕は子供の将来の為にも「今」を考えれば良いと思いますので、世間的には甘やかしすぎの親かもしれません。

 

思春期のいらだちは成長の証。必要なのは「意見」ではなく「黙って見守る」事。

子供より経験も知識も豊富な親が、子供に正論を説いたところで逆効果だと思います。

誰かに答えを求めている訳ではないのですから。

「正しい」か「間違っているか」、または「最短距離か」は親にとっては一大事であっても、当事者にとっては些末な問題です。

人生の主役は紛れもなく本人なのですから、外野は黙っているのが筋だと思います。

 

常に与えるのは「安心感」 「後ろに家族がいる」という安心感である。

生涯を通しての親の役目は、子どもを見守り、それを子どもに実感させることです。

親が生涯子供に対してもつべき義務はこれだと思います。

確固たる信頼関係と安心感。その先に子供の飛躍があると思います。

 

赤ちゃんは大きな物音や見慣れないものの出現など、未知のものや恐れを感じるものに直面することが数々あります。そして、その都度、親や保護者を求めて振り返ります。

スマホを控えるべきと考える理由はこれです。

子供が振り返った時に親がスマホの画面を眺めていると、子供はとても悲しいような、何ともいえない表情を見せます。

そして、最後には諦めたのか振り返らなくなります。

それを「お兄ちゃんになった。お姉ちゃんになった。」「一人遊びができるようになった」と喜ぶ親の姿はとても痛々しいものでした。

 

親は傍らにいて「早く早く」と口うるさくあれこれ言うのではなく、子どもができるようになるまで手伝うくらいの気持ちで待つ。

子供にとっては何でも挑戦であり、最初からうまくはできません。

大人の時間に子供を巻き込まないようにしましょう。

子供が段々と親の顔色を窺うようになると思います。

 

その最高の教材は両親なのである。

子は親が教えようとする事には反抗し、親のやっている事を手本にする。子は親の鏡である。

親が人生を豊かに生きることで、子どもに生きる力を与え、子どもを幸せにする。

 

子供は最も身近な人間をそのまんまコピーします。

言葉であれこれ言う前に、自分の生き方そのもので子供に伝えましょう。

 

子を頼りにせよ。仲間にせよ、同志にせよ、パートナーにせよ、友にせよ。子は親に認めてもらいたい。認めれば良い。

子供が自分に自信が持てるのは「認められる事」が第一歩だと思います。

親が認める事で、最後は自分で自分を認める事ができるようになるのだと。

その他の響いた言葉。

1・親の振る舞い。日常生活そのもの。
2・子供を磨こうとせず、自分を磨けばよい。子供は真似る。

○親自身がウソなく生きることです。一番強いのはウソがないことです。言動一致という人生が、じつは一番ラク。

 

1.乳児はしっかり
肌を離すな

2.幼児は肌を離せ
手を離すな

3.少年は手を離せ
目を離すな

4.青年は目を離せ
心を離すな

 

「一人のお母さんは、百人の教師に匹敵する」
「母の膝の上に学校がある(コメニウス)」
「母のふところに道徳の源泉がある(ペスタロッチ)」
「家庭教育は教育意識のない教育である。」
「親の振る舞い自体が、究極の家庭教育そのものなのです。」
「子供には、親しか手本がありません。」
「あなたが立派な親を演じるほど、子供も真似をして、立派になるのです。」
「われわれは、心のどこかで、子どもたちにやっつけられるのを待っている。その時に、うまくやっつけられないといけない。」
「子供は全て全身運動」
「何をするのも「初体験」邪魔をする理由は無い。」
「子供は子供の流儀を見つけて育っていく。大人はドーンと構えておけばいい。」
「後ろを振り返れば親がドーンと笑っている。それだけで子供は安心して「失敗」ができるし「挑戦」だってできる。」
「あるがまま」を認めてあげればいいだけ。
「子を思い通りにしようとしない。」
「なんとかなる」のは周りのおかげ
「教育は日常にある」
「振舞いを真似る 子供の学び」
「子供は大人の鏡」
「子供を嘆くより、己を嘆くべし」

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